フランスの自動車メーカーであるRenault社は、初の新世代型電気自動車として新しいMegane E-TECH Electricを発表しました。この小型クラスのモデルは新たに開発されたCMF EVプラットフォームをベースとしており、普段使いできて価格も手ごろな電気自動車のパイオニアとしてのRenault社の専門技術がすべて結集されたものです。同社はまた、極めて効率的かつコンパクトなパワーエレクトロニクス向けトポロジを活用することで、車載充電テクノロジに求められる要件を満たすことにも成功しました。同社は、Vienna整流器と2つのDC/DCコンバータで構成された車載充電器の開発に自ら取り組み、そして開発の早期段階でECUをテストするためにdSPACEの専門技術を採用しました。

特にZoeシリーズで多くの国の市場をリードするRenault社は、欧州において過去10年で40万台の電気自動車を販売しており、このことは同社の技術力を最もよく証明しています。新しいMegane E-TECH Electricは、WLTPテストサイクルで最大470キロメートルの航続距離を持ち、高さ11.0 cmの市場で最もスリムなバッテリを備えるだけでなく、小型クラスの車両で最大のディスプレーも実現しています。ただしこれらは見どころのほんの一部であり、同機種はバッテリ式電気自動車を再定義すると言える車両なのです。この電動モデルには、96 kW/131 hpと160 kW/218 hpの2種類の出力レベルが用意されており、バッテリも40 kWhと60 kWhの2つの容量レベルから選択できます。また、最大130 kWのDC高速充電ステーションでのバッテリ充電が可能なモデルもあるなど、さまざまな出力や電流での充電に対応しています。モーターには、巻線形回転子を使用した新世代の油冷式同期モーターを採用することで、レアアースを含まない磁石を使用することができました。

Renault社はdSPACEと長年にわたる協力関係を築いてきました。この関係は2000年代初頭、dSPACEの装置が主に内燃エンジン、トランスミッション、およびビークルダイナミクスの制御ユニットに使用されていた頃にさかのぼるくらい歴史のあるものです。それゆえ同社が新型車両のコンセプトにもdSPACEソリューションを利用するのは自然なことでした。

同社は現在、優れた電動化モビリティの実現に向け、dSPACEハードウェアソリューションやインバータのFPGAモデリングを含むモデリングソリューションを多数採用しています。またこれ以外にも、dSPACEがRenaultのバッテリアーキテクチャに特化して設計した電動ドライブトレインおよびバッテリマネージメントシステム向けのHILテストベンチを活用していることも特筆すべき事柄です。

車載充電器の開発

Renault社では、充電ソリューション向けのアーキテクチャに効率的かつ最新のソリューションを採り入れることを決定しました。これはエンドユーザーに柔軟性を提供すると同時に、グリッド品質に関する現行の国内外の規制に対応することを目的とするものです。この実現のために同社は、新しいタイプの半導体を実装してスイッチング周波数を最大200 kHzにまで向上させることにより、効率性の向上と設置スペースの削減を図りました。

さらに、充電ステーションにパワーエレクトロニクスを実装したDC高速充電方式だけでなく、車載充電器を用いることで従来の2.3 kW単相ソケットや22 kW三相ウォールボックスでの充電も可能となるAC充電方式も採用しました。

バッテリの充電時には、主電源の交流から直流へと電流を変換する必要がありますが、重要なのは充電システムの効率性です。そのため、同社は整流器のトポロジを用いて

充電システムの設計を2段階とすることを選択しました。Vienna整流器が整流のために使用され、グリッドオペレータによる要件確認を行うということです。このタイプの整流器は単向三相アクティブ整流器であり、99%以上の効率性を達成できます。昇圧PWM整流器とは異なり、Vienna整流器のトポロジは3つのレベルで動作するので、インダクタンス要件が軽減され、スイッチングデバイスの電圧負荷が半減します。そして結果として、効率性と出力密度が向上するのです。

Vienna整流器には、従来の整流器と比較した場合に次の利点があります。

  • EN 61000-3-2に準拠した電力品質の向上を実現する優れたアクティブ力率補正(PFC)
  • 高調波電流の低減
  • 相間での電流平衡とパワーエレクトロニクスコンポーネントに対する負荷の低減

電力品質

欧州ではEN 61000-3-2により、大型消費者製品にアクティブ力率補正を採り入れることが義務付けられています。EN 61000-3-2規格は、入力電流が16 A以下の電気および電子装置が発生させる高調波電流について規定しています。また、これらの装置は公共の低電圧グリッドに接続できる設計でなければなりません。EN 61000-3-2規格は、高調波電流に明確な境界を定めています。EN 61000-3-2規格の対象となるすべての電気および電子装置は、クラスA~Dに分類されます。

Figure 1: Schematic diagram of the OBC system with input/output filter, Vienna rectifier, and DC/DC converter.

妥当性確認プロセスとHILシミュレーション

妥当性確認プロセスとHILシミュレーション

Renault社は長年にわたってHIL(Hardware-in-the-Loop)シミュレーションを使用して、ガソリン車、ディーゼル車、電気自動車、およびハイブリッドカーの特にパワートレイン分野のECUソフトウェア、またその他のECUに対して妥当性確認を実施してきました。HILを用いた妥当性確認はここ数年拡大を続けており、車載テストを大いに補完するソリューションとなっています。同社は現在、パワートレインの分野だけでも、ルーマニアのブカレスト近隣にあるティトゥテクニカルセンターで40台のHILテストベンチを稼動させています。ティトゥテクニカルセンターはRenault Groupの研究開発センターであり、Renault Technologie Roumanie(RTR)の一部を構成しています。

車載充電システムは、ハードウェアおよび電子制御ユニットソフトウェアの双方において、Renault社が全面的に開発したものです。妥当性確認のプロセスは、早期の段階からMIL(Model-in-the-Loop)およびSIL(Software-in-the-Loop)ベースのトポロジ重視のオフラインシミュレーションを用いて着手され、さらにHILテストシステムにより、実際のパワーエレクトロニクスが利用できるようになる前に、制御ボードの能力の確認を済ませることができました。

図2:2010年9月15日に開設されたルーマニアのティトゥテクニカルセンターは、Renault Groupにとって世界で2番目のテストセンターであり、約350ヘクタールの面積を有しています。この施設では、Renault Groupの車両およびドライブコンポーネントがテストされています。

一般に、HILテストベンチでの妥当性確認には多くの利点があります。HILテストベンチは汎用性が高く、大半の車両プロジェクトに合わせた構成にできるため、プロトタイプ車両の作成に比べてコストがかかりません。また、複数のテストベンチや担当者で妥当性確認の作業負荷を分けることができるため、開発期間を短縮できます。HILテストベンチのさらなる利点は優れた生産性です。実際のコンポーネントを入手する以前でもソフトウェアのテストが可能なのです。HILシステムは、実車と比較した際の安全性や柔軟性の側面だけでなく、再現性やテストの自動化といった面でも高い評価を受けています。
HILにおいては高電圧や大電流はあくまで単なるシミュレーションの変数に過ぎません。そのため、パワーエレクトロニクス回路を信号レベルでHILシミュレーションすることは、プロトタイプでのテストよりも特に安全という観点で有利になります。つまり、ハードウェアプロトタイプを破壊することなく、的を絞った障害事例のシミュレーションが実行できるのです。

課題:高度に動的なパワーエレクトロニクス

課題:高度に動的なパワーエレクトロニクス

HILを用いて新しい車載充電システムの妥当性を確認したところ、Renault社の開発者たちは、過去の多くのHILアプリケーションとは顕著に異なる固有の課題に直面することになりました。

特に、Vienna整流器の140 kHz、およびDC/DCコンバータの200 kHzというスイッチング周波数が、HILシミュレーションにとって高い壁でした。サンプリング時間と応答時間は1 µsを大きく下回っていることが必要だったからです。比較対象として、内燃エンジンのサンプリング時間は通常1 msです。つまり、非常に複雑なパワーエレクトロニクス回路の動的挙動を極めて短いサンプリング時間内で計算しなければならないということです。

開発者たちはこのようなスイッチング周波数の高さから、既存のプロセッサベースのSCALEXIO HILテストベンチではシミュレーションを実行できないことをすぐに理解し、今回のリアルタイムアプリケーションにより適したdSPACE製のフィールドプログラマブルゲートアレイ(FPGA)をテストベンチに搭載しました。

高度に動的な妥当性確認システムを実現

同社は、HIL環境のアーキテクチャをモジュール化し、車載充電システムをその機能グループに分割したうえで、グリッド、接触器と入力フィルタ、Vienna整流器、2つのDC/DCコンバータと出力フィルタ、およびバッテリ用のモデルを個別に作成しました。

また、dSPACE Electrical Power Systems Simulation Package(EPSS)にトポロジ重視のモデルを実装することで、接触器や複雑なフィルタネットワークを含むグリッドのシミュレーションを行いました。パワーエレクトロニクス回路の高いスイッチング周波数に合わせて速度を最適化したFPGAも必須でした。ここではdSPACEがVienna整流器とDC/DCコンバータに出力フィルタおよびバッテリを組み合わせたモデルの開発と実装を行い、すべてのモデルでモジュールに要求される高度な動特性を正確にシミュレートできるようにしました。また、サブモデルの接続用インターフェースも用意しました。

図3:Renault社は、HIL環境のアーキテクチャをモジュール化し、車載充電システムをその機能グループごとに分割しました。

個々のトポロジをモジュール型に構造化したことで、コミッショニングは段階的かつ体系的に行われます。同社は、3枚のFPGAベースボード上に各モデルを実装し、DCリンク電圧や電流などの信号をモデル間で低レイテンシでやり取りするため、FPGAボード間を高速FPGA間通信によってHILシミュレータ内で直接相互接続しました。また、PWM信号や制御フィードバック信号の取得は、各FPGAベースボードに直接接続したFPGA Multi-I/O Moduleを用いて行いました。

さらに、すべてのモデリング手法において、いわゆる状態空間表現を用いてさまざまなスイッチ状態の組み合わせを記述しました。ただし、シミュレーション精度とFPGAリソース消費のバランスを可能な限り最適化するため、さまざまなスイッチモデルを模索しました。理想的で電気抵抗にも優れたスイッチモデルなら、メモリやリソースは大量に消費するものの、高速かつ極めて高精度なモデリングが可能になります[ EPE2021 ]。こうした手法は接触器や入力フィルタ、DC/DCコンバータのモデルでは使用されているものです。こちらの適用事例[ PCIM2020 ]では、誘導性/容量性スイッチモデルにより、Vienna整流器などの多数の半導体装置を備えた複雑な回路をシミュレートしています。

DS6602 FPGA Base Boardには、Xilinx®社のKintex® UltraScale™ファミリにおいて現在最大のFPGAの1つが搭載されています。またオンボードRAMを追加することで、極めて大量のデータセットを保存できるようになります。たとえばElectric Driveの分野において特に必要となる、要求の厳しいシミュレーションのためのモデルパラメータなどです。DS6602は、4個のマルチギガビットトランシーバ(MGT)を備えているため、極めて高速な通信が可能です。加えて、複数のボードをケーブルで相互接続すれば、内部FPGA通信によりFPGAスタック間で直接データをやり取りすることもできます。

妥当性確認の結果

図4に示されているのは、車載充電システムのクローズドループシミュレーションにおける計測結果です。t=0.1 sで充電プロセスが始動し、5 Aのバッテリ電流が要求されています。短い起動シーケンス中に、まずDC/DCコンバータの制御が、次にVienna整流器の制御がアクティブになります。このシーケンスの後、要求された電流がバッテリに供給されます。またDC/DCコンバータのコントローラによって、要求された電流が正確に設定されます。t=0.75 sおよびt=1.75 sでは、充電電流はさらに5 Aから10 Aへ上がった後、20 Aへと上昇します。

車載充電システムのマルチFPGAシミュレーションでは、パワーエレクトロニクス回路の相互接続が十分に考慮されています。たとえば、バッテリ電流を増大させると充電電力は上昇するため、異なるFPGAでシミュレートされている供給グリッド電流もそれに応じて増大する必要があります。そのため、Vienna整流器のコントローラでこれらの電流を調節し、グリッド電圧と同相の状態を確保しています。

Figure 4: Measurement results from the closed loop simulation of the onboard charging system.

まとめと考察

まとめと考察

Renault社の開発者たちは車載充電器用の制御ユニットを検証する際、信号レベルベースのHILシミュレーションの素晴らしい性能を確信しました。このソリューションでは、パワーエレクトロニクス回路のプロトタイプが不要であり、充電時の大電流や高電圧はあくまで単なるシミュレーションの変数に過ぎないため、開発プロセスの早期の段階で、すでにテストが実施できる状態になっています。Renault社は、dSPACEの専門技術や総合的な手法、さらにはパワーエレクトロニクスのシミュレーションモデルと最新のFPGAプラットフォームを採用。これが同社に新たに開発した車載充電システムに対する安定的かつ信頼できる妥当性確認をもたらしました。それはスイッチング周波数が高いVienna整流器を使用した場合をも保証します。

Stefan-Valentin Popescu氏、Adrian Vlad氏、Renault社

dSPACE MAGAZINE、2022年8月発行

著者について

Stefan-Valentin Popescu

Stefan-Valentin Popescu

HIL Referent for Powertrain Software Validation department at Renault Technologie Roumanie in Titu Technical Center.

Adrian Vlad

Adrian Vlad

HIL Pilot for Powertrain Software Validation department at Renault Technologie Roumanie in Titu Technical Center.

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