トヨタ自動車株式会社では、運転支援システムの妥当性確認に、現実世界と仮想テストの世界をシームレスにリンクさせる、dSPACEツールを使用したプロセスを採用しています。これは、コントロールされた条件下で正確かつ再現性のあるテストシナリオを可能にするもので、つまり先進安全車両の開発をより一層安全で信頼性の高いものに変えていく決定的な一歩です。

同社にとって、インテリジェントな先進運転支援システム(ADAS)の開発は、未来のモビリティへの過程における鍵となる要素です。技術力、そして究極的にはブランドへの信頼感を強化できるのは安全な車両のみであるため、安全性と信頼性は最優先事項です。この目標を達成するための手段が、シームレスな妥当性確認です。
ただし、課題は複雑です。既知のリスクだけでなく、車両とその環境との相互作用から生じる予測不可能な危険をも想定しておかなければなりません。まさにここがSOTIF(Safety of Intended Functionality、ISO 21448)のアプローチが有効となる場面であり、同社が妥当性確認のあいだにインスピレーションを得る契機となった箇所でもあります。

「想定外」をどうテストするか

SOTIFや類似の妥当性確認手法の中心的要素は、現実的かつクリティカルな運転条件下での検証と妥当性確認です。しかし、ここで重要とされるシナリオとはどのようなものなのでしょうか。どうすれば幅広い交通状況をカバーし、最もクリティカルなシナリオを重点的に獲得することができるでしょうか。すべての運転シナリオは、次のような多数の要因に影響されます。

  • 道路状況(ドライ、ウェット、凍結)
  • 天候条件(日光、降雨、霧)
  • ドライビングダイナミクス(加速度、ステアリング角、車線変更)
  • 他の道路利用者との相互作用(追い越し運転操作、距離、速度)

たとえば、太陽が低い時間帯の濡れた路面での追い越し運転操作は、通常は問題ないものの、一定のパラメータの組み合わせ(日光、加速度、ステアリング角)によっては、予想外の事故につながることがあります。
そのようなシナリオを特定するために、同社ではさまざまなパラメータを用いた包括的なシミュレーションを利用しています。実際のデータ、シミュレーションモデル、テストドライブに対して的を絞って組み合わせることにより、こうしたクリティカルな状況を早い段階で特定し、検証することができます。結局のところ、運転支援システムの未来は、強力なソフトウェアだけでなく、予測不可能なリスクを考慮に入れたインテリジェントで包括的な検証にもかかっているということです。

道路から仮想現実へ:現実的なテストシナリオの作成方法

そのような現実的なテストシナリオを生成するために、トヨタ自動車株式会社は実際のトラフィックデータを高精度のシミュレーションに変換する3段階のプロセスを開発し、先進安全システムの妥当性確認のための信頼できる基盤を構築しました(図1)。

まず、40キロメートルにわたる高速道路で大規模な計測を行いました。LiDARユニット、4つのカメラ、全地球的航法衛星システム/慣性計測装置(GNSS/IMU)システムを含む複数のセンサで、道路構造や交通の流れを正確にとらえます。最高度の精度を確保するため、すべてのセンサを慎重に適合しました(「 高精度の適合が不可欠 」も参照)。「トラフィックオブジェクトの正しい識別と運転操作には、このセンサデータの正確な取得が不可欠です。そのため、センサを高い精度で適合して、道路構造と交通の流れの両方を正確に取得できるようにしました」とトヨタ自動車株式会社の宮田大毅氏は説明します。データの記録には、dSPACEのAUTERAシステムが使用されました。AUTERAでは、LiDARセンサやカメラセンサの生データが同期され、タイムスタンプ付きで記録されます。そしてこの記録は、加速度、ステアリング角、GPS軌跡/GNSSデータなど、車載バスからの関連データによって補完されます。

データの取得後は、情報は複数のステップで処理されます。たとえば、GDPRのデータ保護要件を満たすため、ナンバープレートなどを匿名化するなどです。その後、understand.ai社のAI支援ツールによってデータを分析し、高度に自動化されたプロセスで車線、高さプロファイル、車両の動きにラベリングを行いました。最適化を継続したことで、検出精度が着実に向上し、ますます詳細な交通状況の画像が得られるという成果に結びつきました。

収集されたデータは、dSPACEのTraffic Virtualizerを使用して仮想テスト環境に転送されます(図2)。このツールでは、2つの方法でシナリオを生成することができます。

  • 最も単純なケースでは、記録されたオブジェクトリスト(ADAS認識アルゴリズムによって個々のオブジェクトを特定した統合センサデータ)で十分です。
  • understand.ai社の高度に自動化されたラベリングサービスを使用して生のセンサデータを処理することでより高品質なシナリオ生成が可能になり、そののちオブジェクトリストが提供されます。

このツールは、あらかじめ定義された抽象シナリオを使用して、データの中から関連する交通状況を特定します。このプロセスで取得されたシナリオパラメータは、速度分布などの統計評価に使用することが可能です。これによってシミュレーションに基づいたテストに対して対象を絞って制御し、適切なデータを供給することができます。そしてプロセスの最後に、シミュレーション可能なシナリオができ上がります。これは、実際の交通状況(レプリカシナリオ)を正確にシミュレーションするだけでなく、速度や車間距離などをパラメータ化して変化させることも可能にするものです。このため、毎回少しずつ異なる運転状況が得られるように、個々のまたは複数のパラメータを調整して、変更可能な多数のテストケースを作成することができます(「 論理シナリオの生成 」も参照)。

このようにして生成されたシナリオは、OpenDRIVEやOpenSCENARIOの形式で利用できるため、さまざまなシミュレーションプラットフォームに統合することができます。

図1:データ取得からシナリオ生成、シミュレーションまでの全プロセスが示されています。このエンドトゥエンドな実装により、現実的かつ再現可能なテストと、未知のリスクを想定に含めた包括的な妥当性確認を実施することができます。

図2:Traffic Virtualizerによる論理シナリオの生成:このツールは、取得したトラフィックデータからシナリオを認識して生成します。

実車を仮想テスト環境内に
図3:トヨタ自動車株式会社のADAS実車シミュレータは、実車とシミュレートした仮想世界を組み合わせています。(© トヨタ自動車株式会社)

実車を仮想テスト環境内に

テストシナリオの生成後、トヨタ自動車のエンジニアはそれらをADAS実車シミュレータ(ADAS RCS)にインポートしました。ADAS RCSは、実車と仮想環境を組み合わせて、現実的な運転状況をリスクなしでシミュレートするテストプラットフォームを作成します。シャシダイナモメータなどに設置したプロトタイプ車両は、仮想テスト環境と直接接続されます(図3)。カメラなどのセンサには、画面上のコンテンツが入力されます。これにより、幅広いトラフィックシナリオの正確なシミュレーションが可能になります。

「この仮想テスト環境の主な利点は、危険な交通状況をリスクなくシミュレートできることです」と宮田氏は説明しています。支援システムの信頼性をテストするため、車両が衝突する可能性のあるシナリオが意図的に組み込まれました。そのような衝突は、現実世界では深刻な結果をもたらすのに対し、シミュレーションでは一切リスクがありません。これは、ADAS技術の効率的な開発と信頼性の高い妥当性確認に向けての決定的な一歩です。

特に、実際のテストコースでは再現するのが困難または不可能な天候条件や路面コンディションをシミュレートできるという性能はとりわけ有益です。

今後の展望:さらに包括的なテストに向けた、より多くのシミュレーション
図4:Traffic Virtualizerは、記録された実際のトラフィックデータから現実的なシミュレーションシナリオを生成します。

今後の展望:さらに包括的なテストに向けた、より多くのシミュレーション

クリティカルなシナリオを重点的に生成することにより、潜在的に危険な状況、正確にはSOTIF(Safety of the Intended Functionality)などの規定がセーフティクリティカルと分類している状況を、早い段階で特定することができます。開発者は、これらのシナリオで先進安全機能を含んだ車両を明瞭にテストすることで弱点を特定し、他の道路利用者の安全上のリスクを最小限に抑えることができます。このことは先進安全システムへの信頼を高め、公道への導入を促進するのに役立つものです。X-in-the-Loopシミュレーションと実際のテストベンチのさらなる開発において、トヨタ自動車株式会社はテスト環境の拡大とテストプロセスの自動化に注力しています。計画されている対策には、dSPACEのAURELIONなどの高度なツールの統合が含まれているのですが、これは認識アルゴリズムをテストするための現実的なセンサデータを提供することで、より一層詳細でリアルなシナリオをシミュレートできるようにするものです。さらに、その他のまれに生じる複雑な交通状況を現実的に描写できるよう、シナリオライブラリを拡張しています。

dSPACEのサポートにより、トヨタ自動車株式会社の開発部門は、このプロジェクトにおいて実際の交通の流れから複雑なシナリオを生成し、そのシナリオを仮想テスト環境にインポートすることに成功しました。データ取得からシナリオ作成までのワークフロー全体が効率的に設計されました。最も優れた利点は次のとおりです。

  • AUTERAによるデータ取得:実際の交通の流れが正確に記録されました。
  • 高度に自動化されたアノテーション:道路のディテールや車両は、understand.ai社のツールを活用してラベリングされました。
  • シナリオの自動生成:Traffic Virtualizerにより、収集したデータに基づいてレプリカシナリオと論理シナリオが生成されました。
  • ADAS RCSへのインポート:OpenDRIVEやOpenSCENARIOなどのOpenX規格を使用して、シナリオを仮想環境へシームレスに統合しました。

「実データを仮想テスト環境に統合することで、開発期間やテスト期間が大幅に短縮され、ADASシステムの品質と安全性が顕著に向上します。これはトヨタの最新モデルの妥当性確認を新たなレベルへと引き上げるものです」と宮田氏は述べています。

トヨタ自動車株式会社は、これらの技術を継続してさらに発展させることで、今後ますます高まる自動車開発への要求に応え、安全で持続可能なモビリティの設計に貢献し続けます。これらのアプローチは、最新の運転支援システムの効率的な開発にdSPACE製品がいかに貢献できるのかを示しています。

図5:レプリカシナリオと論理シナリオの組み合わせは、幅広い使用事例をサポートし、テスト深度の向上に役立ちます。


トヨタ自動車株式会社のご厚意により寄稿
制作協力:トヨタ自動車株式会社 宮田大毅氏

dSPACE MAGAZINE、2025年7月発行

Daiki Miyata

Daiki Miyata

Daiki Miyata works in the Vehicle Technology Development Department and XILS Development Innovation Department at Toyota Motor Corporation, Toyota City, Japan. His main role is to build the X-in-the-loop (XIL) testing environment (ADAS RCS, etc).

有益な背景情報

正確な適合が不可欠

現実世界を十分な精度で再現するためには、正確な計測データが不可欠です。そのため、データロギング用自車両のセンサには、空間的(適合)にも時間的(同期)にも、精密な調整が必要です。ただし慎重に適合を行っても、適合の改善だけでは解消できない、システムに関連した誤差は残ります。そこで、計測の誤差が避けられない場合にも、空間的かつ時間的に整合性のあるシーンを生成するために、SLAM(Simultaneous Localization and Mapping)やエゴモーション補正などの手法を利用することになります。

論理シナリオの生成

トヨタ自動車株式会社が目指したのは、40 kmのテストドライブの記録から関連する部分を自動的に特定し、そこから個々の論理的なシミュレーションシナリオを生成することです。同社では、テストの対象となる10件の具体的な運転状況を定義しました。この要件を満たすため、dSPACEはツールを強化して、トヨタ自動車の開発者が独自の動作パターンを定義し、実データの中からそれらを認識できるようにする機能を組み込みました。たとえば、カットイン操作は、車線維持、車線変更、加速などの単純な動作と条件の組み合わせによって記述することができます。その結果、ソフトウェアの柔軟性と拡張性が向上したため、今後は最小限の開発作業で動作パターンを追加できるようになりました(図5)。

シミュレーションをクラウドでも

原則として、シナリオはdSPACEのASM TrafficモデルおよびAURELIONでシミュレートできます。この場合は2つのシミュレーションオプションが利用可能です。SCALEXIOを使用してHIL(Hardware-in-the-Loop)シミュレータ上でシナリオを実行するか、あるいはSIMPHERAを使用してクラウド上でシナリオの規模を調整するかです。また、SIMPHERAでは、クラウド上でパラメータを無数に変化させて自動実装することも可能です。これはつまり、1つのリアルなシナリオから何百もの仮想シナリオを導き出すことができるということになります。また、ターゲットを絞ってパラメータを変化させていくことで、シナリオはさらなる存在価値を帯びます。スピードを上げたり距離を縮めたりなど、クリティカルなコーナーケースのシミュレートが可能になるためです。

ISO 26262およびISO 21448

ISO 26262は、道路走行車両のE/Eシステムの機能安全性について規定したもので、システマティックな欠陥やランダムに起こるハードウェア故障を含むシステム動作による過度のリスクを防止するための一連の規則を提供しています。実際の使用事例に関する運転機能の機能的な制限は、ISO26262の文脈では考慮されていません。たとえば、支援システムのセンサが技術的な観点からは完璧に機能しているのに、シナリオ内では支援システムがオブジェクトを正しく認識できないことがあります。ISO 26262以外では、ISO 21448(SOTIF)がこれらの局面を想定しています。SOTIFの中では、シナリオは「既知/未知」および「安全/危険」というエリアに分類されます。既知のリスクは、対象を絞った対策やテストによって評価および対処されます。一方、まだ完全に特定されていないリスクを検知するには、広範な分析とテストが必要です。Traffic Virtualizerによって記録されたテストドライブのトラフィックデータを体系的に分析することで、その時点でまだ仮想テストにおいて考慮に入れられていないシナリオカテゴリを特定することができます。潜在的に危険なシナリオは特定されたのちは、体系的に管理されます。

概要

タスク

  • ADASの妥当性確認の一環として、実際の走行中に記録された計測データからテストシナリオを生成。

課題

  • 予測不可能な危険をカバーするシナリオでADASを包括的に検証

解決策

  • AUTERAによる関連センサからのタイムスタンプ付き同期データの記録
  • understand.ai(UAI)社のツールによるセンサデータの半自動アノテーション
  • Traffic Virtualizerによる論理シナリオの自動生成

利用効果

  • 開発期間とテスト期間を大幅に短縮
  • ADASシステムの品質と安全性が大幅に向上

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