dSPACEは2020年7月、リアルタイム開発ソフトウェアのパイオニア企業であるIntempora社を買収しました。両社は既に、長期にわたって戦略的パートナーシップを結んできました。この買収により、dSPACEは信頼性に優れた独自のエンドトゥエンドのソリューションを提供し、多くの革新的な開発プロジェクトを最適にサポートできるようになりました。このインタビューでは、Intempora社のCEOであるNicolas du Lac氏が同社の沿革や、dSPACEとの緊密な連携により同社が生み出してきた価値について説明します。

Nicolasさん、Intempora社は20年前に初めてセンサ信号処理ソフトウェアを開発した会社の1つでした。その当時に自動運転について語る人は誰もいなかったと思いますが、どのようにして最初の開発作業を行ったのですか。また、自動車市場の要件を満たすために御社のソフトウェアはどのように進化していったのでしょうか。
Nicolas du Lac氏、CEO、Intempora社

Nicolasさん、Intempora社は20年前に初めてセンサ信号処理ソフトウェアを開発した会社の1つでした。その当時に自動運転について語る人は誰もいなかったと思いますが、どのようにして最初の開発作業を行ったのですか。また、自動車市場の要件を満たすために御社のソフトウェアはどのように進化していったのでしょうか。

私が2000年にIntempora社を設立したのは、1998年にMines ParisTechのロボット工学センターで開発され、今では当社の中核テクノロジであるRTMapsを技術的に確立できたからです。当時、前取締役のClaude Laurgeau氏の指揮によりロボット工学や高度道路交通システム(ITS)に取り組んでいたチームが、EUからの資金援助で自動運転を研究する最初のプロジェクトだったEurekaプロメテウス計画に参加しました。当初、このプロジェクトでは自動運転車両をロボットとして扱っていたため、認識、位置取り、制御、高速で動く能力、安全要件、人間との連携など、モバイルロボットに関連した課題の克服に重点が置かれていました。Claude氏のチームには、当時は博士課程の学生であったBruno Steux氏とPierre Coulombeau氏が在籍しており、車両認識や正確な位置取りのためのコンピュータビジョンアルゴリズムやベイジアンネットワークを用いたデータフュージョンの開発に取り組んでいました。

彼らの目標は、プロトタイプ車両に前面カメラ、前方レーダー、そして初期のLiDARスキャナモデルを搭載し、これらのアルゴリズムをリアルタイムに実行することでした。その中で、2人は自分たちの時間の90%を論文の中心であるアルゴリズムではなく、ソフトウェアアーキテクチャを構築する作業に費やしていたことにすぐに気付きました。複雑なソフトウェアのさまざまな要素を管理するには、複数の車載センサからデータを取得して処理し、オフライン作業用にビジュアル表示して記録、再生する機能など、モジュール型(コンポーネントベースの)環境が必要でした。

また、2人は、タイムスタンプとデータ同期化プロセスを導入することで、さまざまなデータストリームや非同期データソース間においてもスムーズかつ一貫性に優れた形でセンサデータを融合できるようにしたいと考えていました。しかし、彼らが求める開発ツールは市販されていなかったため、独自のソフトウェアソリューションであるRTMaps(リアルタイムマルチセンサアプリケーション)を開発したのです。その数か月後に、多数の車載カメラ、レーダー、およびLiDARセンサを統合したデータロギングソリューションを熱心に求めていたCarSenseという別の欧州プロジェクトコンソーシアムがRTMapsのテストを行ったところ、見事に機能することが分かりました。それがClaude氏とBruno氏が会社を設立した動機です。彼らは、そのようなソフトウェアなら自動車業界の将来に有益であろうと考えたのです。

Intempora社の初期のマイルストーンをいくつか教えていただけますか。

Intempora社の初期のマイルストーンをいくつか教えていただけますか。

2002年にベルサイユで開催されたIEEE Intelligent Vehicle Symposiumでは、パリ国立高等鉱業学校が、車載データ処理ソフトウェアとしてRTMapsを使用してLaRAと呼ばれる自動運転プロトタイプ車両のデモを行いました。この車両は、単一の横方向制御用カメラとトランク内に搭載したPentium IIコンピュータを使用して、ハンドルに一切手を触れずに時速100 km以上でコースを走行しました。2004年には、Intempora社の最初の顧客の1つであるLIVIC研究所が、性能は同等であるものの、縦横両方向の制御機能を備えた完全自動運転車両を発表しました。数年後には、自動運転の実現に向け、米国のDARPAグランドチャレンジが世界的なレースを開催するようになり、DotMobilチームがRTMapsを使用してこのチャレンジに参加しました。また、ニューヨークのITS 2008展示会では、RTMapsを搭載したSwRI車が展示されました。現在、当社は世界中のお客様から多くの支持を得ており、15年以上も当社のソリューションを使用しているお客様もいらっしゃいます。言うまでもありませんが、当社のソフトウェアは絶えず進化を続け、大いに向上してきたのです。

Nicolasさんはこれまでかなり長い間、自動運転の開発現場を見てこられましたが、自動運転車両の実用化に向けて克服すべき大きな課題は何でしょうか。

自動運転車両について語る場合、ロボタクシーと自家用車を区別して考える必要があります。前者は大量のセンサや計算処理リソースを備える必要があり、開発は非常にゆっくりとしたペースで行われています。一方、後者は価格が手頃であり、保守スケジュールも異なります。つまり、自家用車はより速いペースで開発できますが、レベル5の自動運転(自家用)車両を実用化するとなると、まだ克服すべき課題が多くあります。主な課題となるのは、いかなる運転条件や運転状況においても安全性を確保することです。安全性は、当局から量産展開の認可を受けたり、一般ユーザに受け入れてもらったりするための必須条件です。安全性を実現するうえでは、次のような複数の技術的課題が伴います。

あらゆる条件でセンサの精度と効率性を確保:センサの分解能と対応範囲は日々向上しています。夜間、霧、雨、雪、泥の中などの運転を含む多様な状況に適切に対処できる自動運転車両を実現するには、センサテクノロジを組み合わせて使用する必要があります。

ソフトウェアの複雑性に対処:自動運転車両は極めて複雑なリアルタイムシステムであり、膨大な広帯域幅データストリームを処理できる複雑なソフトウェアを実装する必要があります。また、実行時間、レイテンシ、およびエラー管理といった安全上のさまざまな制約を受けつつも、複数のアルゴリズムやソフトウェアのタスクを堅牢性や効率性に優れた形で同時に実行できなければなりません。

データ管理とアルゴリズムの妥当性確認:データは自動運転車両の実質的な燃料と言えます。エンジニアが認識アルゴリズムやディープラーニングアルゴリズムのトレーニング、テスト、および妥当性確認を行うには、さまざまな運転状況における幅広いセンサデータセットを大規模に収集する必要があります。また、堅牢で安全なシステムの開発と妥当性確認には、シミュレーションツールだけでなく、データの選択や後処理のためのデータアノテーションツールやラベリングツール、管理ツールも極めて重要になります。dSPACEによる当社の買収以降、当社のソフトウェアエンジニアやコンサルティングチームは、信頼性と効率性に優れたソリューションを市場にお届けできるよう、dSPACEと緊密に連携してきました。私たちは、次のステップを明確に見据えて行動しています。目標は、プロトタイピングから量産段階に至るまでのすべての自動運転開発プロセスに対応できる独自のソフトウェアツールチェーンを提供することであり、当社はそのためのたくさんのアイデアを持っています。

成功事例:Navyaシャトル

成功事例:Navyaシャトル

自動運転シャトルバスにおける世界有数のサプライヤであるNAVYA社では、マルチセンサ開発環境であるRTMapsを使用して自動運転の複雑な機能を開発しています。Nicolas du Lac氏は、「NAVYA社とは、同社の創業以来協力してきました。NAVYA社の従業員数は250人になりましたが、依然急速な成長をしている最中です。同社は世界全体で既に150台以上の車両を稼働させています」と述べています。RTMapsは、多くの開発者が日常的に使用しているツールです。Nicolas du Lac氏は、「同社の成功に貢献できたことは私たちの誇りです」としています。

Intempora社のコアソリューションであるRTMapsというソフトウェアがそれほど特別である理由は何ですか。また、どのようなお客様が利用しているのでしょうか。プロジェクトの一例を簡単にご説明いただけますか。

当社のお客様の大半は、運転支援や自動運転のアルゴリズムの開発にRTMapsを使用していますが、自動運転列車、ロボット工学、洋上風力タービン、スマートリアビューミラー、検査ロボット、ドライバーやパイロットの挙動のシミュレーション、モバイルマッピングシステム、認知アプリケーション、レース用帆船用のシステムやビデオモニタリングを含む他のアプリケーションや分野でRTMapsを利用するお客様もいらっしゃいます。RTMapsが多くのお客様に評価される理由は、その高い汎用性と優れたパフォーマンスだと言えます。一部のお客様は、開発プロセスを劇的にスピードアップするためにはRTMapsが不可欠だと考えています。たとえば、Valeo社は、さまざまな国での研究開発にRTMapsを使用しています。当社は最近、Valeo Drive4U LocateアルゴリズムをRTMaps AI Storeで発表するため、同社と技術提携を結びました。Valeo Drive4U Locateは、Valeo社が自動運転用に開発した、高精度かつ盤石な位置特定とマッピングができる、手頃な価格のソリューションです。このSLAMを使用すると、GPS信号が限られている、または一切ない状況においても、センチメートル単位の精度で車両の位置を特定できます。このアルゴリズムはRTMapsを用いて開発されており、レベル4の自動運転車両を使用したデモもパリの街路で行われています。

RTMapsを補完するソリューションには、新しいデータアノテーションソフトウェアであるRTagやIntempora Validation Suite(IVS)などがあります。これら2つのソリューションではどのような機能を提供していますか。

携帯端末用のアノテーションソフトウェアアプリケーションであるRTagを使用すると、走行中に手作業で容易に車載データレコーダをモニタリングし、レコーディングセッションに手作業で注釈を付けることで、関連するシナリオを識別することができます。Intempora Validation Suite(IVS)は、ビッグデータアーキテクチャ(クラウドまたはオンプレミス)に保存されたドライビングセンサの大規模な記録データを使用して、(RTMapsなどで設計された)認識およびディープラーニングアルゴリズムを含むADASおよびADソフトウェア機能をトレーニングしたり、テスト、ベンチマーキング、妥当性確認したりできるクラウドベースのソフトウェアツールチェーンです。

dSPACEとの提携は、各地のお客様との関係にどのような影響を与えていますか。

世界中のお客様やパートナー各社は、この買収を非常に好意的に受け入れてくださいました。これは、間違いなく当社の歴史における新たな一章です。これまで常にそうであったように、当社はすべてのユーザに最高クラスのソフトウェアソリューションを提供することに引き続き取り組んで参ります。dSPACEとの協力関係は順調であり、当社は既に戦略に関する議論に何度も参加しています。この買収によって、当社はさまざまな能力をより強化し、多様な顧客プロジェクトに最適なサポートを提供できるようになりました。

テクノロジ開発の面では、提携によって両社の関係性にどのような影響がもたらされていますか。

テクノロジは急速に進化しています。その中で、私たちは最先端のソフトウェアを市場にお届けするため、ソリューションの改良や開発を継続的に行っています。当社はdSPACEと協力しつつ、シームレスかつ完全なエンドトゥエンドのツールチェーンの実現を目指します。また、dSPACEの別のグループ会社であるunderstand.ai社製のツールをIVSに統合して新たな機能拡張を実現することにも取り組んでいます。当社では、お客様の期待に一層応えられるようにするため、NVIDIA社、NXP社、Renesas社などの半導体企業との技術提携を続けていきます。また、将来の課題に対する戦略的アプローチを定めるため、dSPACEのコンサルティングチームと協力して製品ロードマップの作成も行っています。

お客様は、製品に関してどこに問い合わせをしたらよいのでしょうか。

お近くのdSPACEの支店やアカウントマネージャに問い合わせるのが最善の方法です。dSPACEは世界中に支店を持ち、現地の言葉でお客様ごとに最適なサポートを提供しています。

インタビューにご協力いただきありがとうございました。

取材先について:

Nicolas DuLac

Nicolas DuLac

CEO INTEMPORA

dSPACE MAGAZINE、2020年11月発行

関連項目

  • Intempora社
    Intempora社

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