本田技研工業株式会社は、BENLY e: 電動スクータシリーズを通じて、都市モビリティの分野で大きな進展を目指しています。本シリーズは、配送サービスなどの商業用途における使い勝手を考慮したビジネス向けの電動スクータとして設計されています。
同社は、2030年までに400万台(2023年11月時点)の電動スクータを販売し、カーボンニュートラルへのさらなる一歩を踏み出すことを目指しています。搭載されている独自開発のパワーコントロールユニット(PCU)の最終テストでは、dSPACEのHardware-in-the-Loop(HIL)を使用して、包括的な検証、製品の安全性、および開発プロセスにおけるボトルネックの回避を実現しています。
PCUが中心的な役割を果たす
「スクータのパワーユニットには、2つのバッテリパックと三相永久磁石同期モーターがあり、PCUがモーター駆動と車両制御を統制しています」と、本田技研工業株式会社の德永悦子氏は説明します。PCUは、インバータとしてのモーター制御に加えて、スクータの出力制限や、センサなどの12V系システムの電源管理、各コンポーネントの制御やフェール検知の役割も担っています。
包括的な検証においては、フェールが発生した場合でもスクータが確実に機能するように、多数のテストケースをカバーする必要があります。それらの要求は特にPCUに適用され、dSPACE Power HILシステムで検証されます。德永氏はその利点について、「これにより、より実使用環境に近い状態でPCUをテストすることが可能になると同時に、さまざまなテストケースや環境条件を瞬時に再現し確認できるようになります。」と述べています。
バッテリパックとモーターのフルパワーでのシミュレーション
dSPACE Power HILシステムの主な役割は、バッテリパックと三相モーターの動作をシミュレートし、それを実使用環境と同じ電力レベルでテストすることです。これにより、実際のバッテリやモーターコンポーネントを必要とせずに、PCUを駆動系の電気環境に組み込むことができます。また、PCUが組みあがればすぐにテストできるため、実機検証の課題であった検証プロセスのボトルネックの解消が可能です。
Power HIL環境では、実際のモーターとバッテリと同じ電流が発生するため、実際の電流センサもテストに使用できます。PCUが必要とする他のすべてのセンサおよび位置エンコーダ信号とCANコマンドも、Power HILシステムによって提供されます。
正確なモデルが重要
Power HILシステムは、3つの主要コンポーネントに基づいています。まず、対象となるバッテリと対応するモーターの環境動作をリアルタイムでできるだけ正確にシミュレートする必要があります。Hondaは、予めプロセッサまたはFPGA用に最適化されたバッテリおよびモーターなどのモデルライブラリを採用しています。それらはデフォルトのまま使用したり、必要に応じてパラメータを変更したりすることもできます。また、MATLAB Simulinkをベースとしたオープンなモデル構造により、後からモデルを自由に変更したり、カスタムモデルと結合したりすることもでき、リアルタイムでも実行可能です。
バッテリモデルでは、バッテリとPCU間のCAN通信に加えて、セル電圧とセル温度の正確なエミュレーションに焦点を当てています。モーターモデルは、電流、電圧、トルク、速度などのモーターの電気的および機械的変数、および位置エンコーダ/レゾルバ信号をシミュレートします。さらに、フェールが生じた際にPCUがスクータを安全に制御することができるか検証するために、任意に設定できるフェールケースが両方のモデルに実装されています。
2番目のコンポーネントは、モデルをリアルタイムで実行し、対応する信号と目標値をPCUおよびPower HILのパワーモジュールに送信するリアルタイムシステムです。ここではSCALEXIOのリアルタイムプロセッサがバッテリモデルの演算を担います。同時に、動作ポイントとパラメータを設定し、測定データを読み取るためのテストベンチなどの制御コンピュータへのインターフェースとしても機能します。より複雑な機械モデルはSCALEXIO LabBox 内のFPGAに実装され、必要な信号インターフェースはすべてプラグインカードで提供されます。ここまでのセットアップで既に、信号ベースのHILテストが可能な構成になっています。
フルパワーの負荷モジュール
高電圧ロードモジュールは、モデル動作をパワーレベルに引き上げるための3番目のコンポーネントです。各モジュールには、シリコンカーバイドMOSFETと分散電流制御を備えた高速スイッチングのマルチレベルパワーステージが装備されています。各モジュールは、モデル変数を電気変数に変換するための設定値をリアルタイムシステムから受け取るだけで、高度な動特性を備えた回生型電源として振る舞うことができます。出力制限がなければ、モジュールごとに最大1,250 Vの電圧と最大75 Armsの電流を出力可能です。
最大電圧は低電圧指令により上限が固定されますが、最大電流およびシステムの最大電力は、複数のロードモジュールを並列に接続することによって必要に応じてスケーリングできます。「BENLY e: テストベンチでは、三相のモーター負荷それぞれが並列に接続された複数のロードモジュールでシミュレートされ、バッテリのプラスおよびマイナスの端子にも複数のロードモジュールがあります」と德永氏は詳細を説明します。約100 Vの比較的低いバッテリ電圧であれば、下位互換のロードモジュールでも問題なく対応可能です。
ソフトウェアおよびハードウェアの問題を早期にリスクなしで検出
これらのセットアップにより、PCUの最初のプロトタイプが出来上がるとすぐに、包括的で再現可能なテストを開始できます。駆動系の他のコンポーネントの製造を待つことなく、ソフトウェアおよびハードウェアの問題を早期に検出できます。エラーが発生した場合でも、不必要な手戻りによる全体スケジュールの遅延を回避します。
德永氏は強調します。「特に、バッテリやモーターの特性のシンプルなパラメータ化により、物理的な制限を考慮することなく、多くのテストケースをカバーすることが可能になります」。仮想バッテリであれば、マウスをクリックする数秒の操作だけで自由に充電も放電もできるようになります。
この柔軟性により、故障検証の実施が容易になります。バッテリの通常電圧テストのフレームワークと同じ要領で、バッテリの過充電による過電圧テストもパラメータ化できます。後者は、実機環境ではバッテリを破壊するリスクを伴いますが、Power HILアプローチはそれらのリスクなしにこのテストを実行できます。どちらの場合も、PCUは故障状態を認識し、スクータを停止させ、安全な状態にする必要があります。仮想バッテリであれば、セル温度すら必要に応じて瞬時に変化させることができます。たとえばセル温度が高すぎる場合、PCUはバッテリが安全な温度に戻るまで出力電力を制限する必要があります。
信号レベルでの故障を模擬できる欠陥生成ユニット
駆動系の故障に加えて、信号レベルでの故障もマッピングできます。欠陥生成ユニット(FIU)は、たとえば、ハンドルバーのスロットルグリップが誤った角度情報をPCUへ送信している状態を模擬することができます。スロットルグリップがアイドル位置から回転するほど、通常はPCUが演算する目標トルクは増加するはずです。スロットルグリップのセンサはリアルタイムプロセッサでシミュレートされているため、簡単にスロットルグリップの回転角度を任意に変更することができます。この場合、PCUはユーザーに故障を知らせつつ、安全に車両を制御もしくは必要に応じて停止させなければなりません。シャシダイナモのテストベンチと比較して、Power HILはテストエンジニアの経験によるテスト結果の差やヒューマンエラーを無くす事ができます。
「総合的に、Power HILはPCUのコンポーネントテストにかかる時間を大幅に短縮し、柔軟に行うことができる可能性を提供します」と德永氏は言います。駆動系のすべてのコンポーネントが納品される前に、信号レベルおよびパワーレベルでのPCUの検証を開始できます。これにより、開発プロセスの遅延を可能な限り排除します。テストプロセスでは、希望する動作ポイントを自動および手動で即座に設定できます。回転部品や実際のバッテリを使用しないため、故障を安全に分析できます。
dSPACEは、リアルタイムモデル、SCALEXIOリアルタイムシステム、およびロードモジュールなど、Power HILテストベンチのすべてのコンポーネントをシングルソースでシームレスに提供します。
本田技研工業株式会社のご厚意により寄稿
この記事は、本田技研工業株式会社 電動開発部 二輪商品開発課の德永悦子氏の協力を得て作成されました。
dSPACE MAGAZINE、2025年7月発行