チューリッヒ工科大学およびチューリッヒ大学病院の学際的な研究者グループでは、Wyss Zurichからの資金援助により、さまざまな生体機能のシミュレーションを行っています。このなかで、当グループは人体から摘出されたドナー肝の寿命を大幅に延長する装置を開発しました。その装置の中心的な制御タスクを担っているのがdSPACEのMicroLabBoxです。

肝臓移植の需要は臓器提供数が追いつかないほど、年々大幅な高まりを見せています。患者が効果的な延命を受けるためには肝臓移植の成功が不可欠になります。それはつまり、ドナー肝が提供された場合は、それらのすべてを最適に使用することが重要ということです。肝臓や部分肝が健康であるほど、患者が通常の生活を取り戻せる確率は上昇します。また、ドナー肝の体外保存期間を延長できれば、その可能性はさらに高まります。新しい灌流装置は、まさにまさにこの目的のために開発されました。

時間との戦い

現在、市場に売られている灌流装置では、移植用ドナー肝の保存可能期間は最長で24時間です。そこで、外科医、エンジニア、および生物学者たちで構成された学際的な研究者チームが、この期間を理想である1週間程度にまで延長するため、Liver4Lifeプロジェクトを立ち上げ、2015年の半ばにその一環として革新的な灌流装置の開発を行いました。多くの生体機能に近いものを実装したこの装置では、生体内の条件に可能な限り近似した環境をドナー肝に提供できるため、肝臓の体外保存期間を1週間程度にまで延長でき、保存条件も大幅に改善することができます。この技術は、移殖の将来において次のような新たな展望を切り開きます。

  • 計測データに基づいてドナー肝の質を確実に評価
  • 損傷歴のある肝臓の性質を向上
  • 将来的な肝臓組織の再生に寄与
  • 臓器の自己提供を実現

この技術が発展すると、最終的には入手したドナー肝の使用効率が大幅に向上し、(自己臓器提供の場合には)そもそもドナー肝の必要性すらなくなるのです。

灌流とは?
臓器向けの人工循環装置

生理機能をロールモデルとして再現

これまでは、肝臓を体外で保存する場合、氷に詰めて代謝プロセスを最小限に抑える方法(静的冷却保存)が一般的でした。ただし、ドナー肝のすべての生化学的プロセスを、まだ体内であるかのように継続させることができなければ、上記の目的を達成することはできません。エンジニア達はそのため、肝臓の代謝機能を医学的視点から詳細に定義し、装置に要件を実装しました。彼らは、糖代謝制御、溶血(赤血球の崩壊)の防止、老廃物の排泄、灌流液(臓器の人工灌流に使用する液体、この場合は血液)による酸素供給の管理、および横隔膜運動の模倣の5項目を、長期間の灌流のために特に重要な機能として特定しました。

図 1:ドナー肝の代謝プロセスを維持するため、灌流装置によってさまざまな臓器の機能を模倣する必要があります。

 

肝臓の新たな生存環境

人間の体内では、2本の血管を通して肝臓に栄養が送られますが、各血管内では血圧や血中酸素、ホルモン、および栄養の割合が異なります。Liver4Lifeの灌流装置では、これらをすべて体外で管理します。ドナー肝を装置につなぐと、標準的な供給量の栄養素、神経伝達物質、および酸素が送り込まれるだけでなく、肝臓の状況に応じてそれらの供給量も調整されます。肝代謝によって産生される老廃物は、透析によって、または胆汁として排出されます。肝臓から出る液体は、灌流装置に戻されます。また、肝臓が「居心地よく」感じているかを確認するため、装置内の一連のセンサからデータが送信され、これに基づいて各種アクチュエータが肝臓への供給量を調節します。肝臓の状態はセンサによって常にモニタリングされます。さらに、肝臓は実際の横隔膜の動きを再現する人工横隔膜によって、圧迫壊死(持続的な圧力の結果として起きる組織死)から保護されます。ただし、このようなセットアップを実現するには、さまざまなサブ回路が必要であり、さらにそれらすべてを入念に適合させなければなりませんでした。

図 2:灌流装置の簡略図

 

単一の制御ユニットで複数の機能に対応

同大学ではこの装置を自動車開発の分野で使用していたため、既に豊富な使用経験がありました。MicroLabBoxは、センサおよびアクチュエータ間の通信用I/Oインターフェースとしてだけでなく、中央演算処理装置としても機能し、卓越した柔軟性と処理能力を持っていました。また、MicroLabBoxでの作業はdSPACEの試験ソフトウェアであるControlDeskによってサポートされるため、動作中のリアルタイムアプリケーションにアクセスすることも可能です。そのためエンジニア達がドナー臓器を灌流装置につないだ際に肝臓の供給量パラメータをモニタリングし、能動的にパラメータに影響を与えることもできました。

図 3:灌流装置の「脳」として機能する MicroLabBox

 

再現性の向上により肝臓の質を向上

この灌流装置を使用すると、人間の体外でドナー肝の代謝機能を維持できる可能性が大幅に広がります。では、こうした有望な結果の次に来るステップは何でしょうか。今後必要なのは、臨床研究を行って、状態の悪い肝臓でも灌流プロセスを経た後であれば移植可能な状態に戻せるかどうかを検証することです。灌流装置で測定した代謝データを用いれば、臓器の質を正確に評価することができます。長期的な展望としては、肝臓の並外れた自己再生能力を利用して、1つのドナー肝で一度に複数の患者を救えるようになる可能性もあります。また、たとえばがん患者の場合、肝臓の健全な部位を取り出してLiver4Life装置で再生させて再移植すれば、病変臓器を置換できるかもしれません。これが可能になれば、患者の生命を救うだけでなく、新しい臓器を体内に入れることによる拒否反応が回避されるため、患者が残りの生涯にわたって薬を服用する必要もなくなります。このケースなら、ドナー肝はもはや不要です。新しい灌流装置は、質の高いドナー肝のより良い活用法となるだけでなく、提供された臓器の状態が悪い場合でもより多くの生命を救うことができる装置として、新たな希望の的となっています。

チューリッヒ工科大学、チューリッヒ大学病院、およびWyss Zurich研究所のご厚意により寄稿

著者について:

Dr. med. Dilmurodjon Eshmuminov

Dr. med. Dilmurodjon Eshmuminov

University Hospital Zurich, Zurich, Switzerland, Department of Visceral and Transplantation Surgery, contributes his medical expertise to the project team and is responsible for defining the medical requirements

Dr. Dustin Becker

Dr. Dustin Becker

ETH Zurich, Wyss Zurich, Zurich, Switzerland, helped develop the system as part of his dissertation and is responsible for implementing the medical requirements in the machine.

dSPACE MAGAZINE、2021年11月発行

製品情報

  • MicroLabBoxハードウェア
    MicroLabBoxハードウェア

    ラボ向けの小型プロトタイピングユニット

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